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日本料理 喜心

店主
越智健介 さん

高卒で一流料亭「吉兆」に就職。
修業時代&開業エピソード公開!

“日本料理の真髄ともいえる四季を織り込んだ五感に訴える和食とこだわりの地酒やワインの店”として今春(2022年3月)にオープンした中区鉄砲町の「日本料理 喜心」。東京・京都・広島の和食の名店で腕を磨いてきた店主・越智健介さんの飲食業への想いとは?…ジャックが聞かせていただきます。

飲食の世界に進まれたきっかけをお聞かせください。

越智さん

1980年4月生まれの42歳です。横須賀生まれですが、幼い頃に父の転勤で引っ越してきて以来、ずっと広島で育ちました。サラリーマンだった父は、わたしが中学生の頃から何かにつけて「将来のために手に職をつけなさい。どうだ、料理人にならないか?修業に行くなら“吉兆”がいいぞ」と伝えてくるんです。中学時代は野球部のクラブ活動が忙しく、いつも聞き流していましたが、高校生になって地元の回転寿しの店でアルバイトを始めると仕事が楽しくて、「料理人になるのも悪くないな」と思うようになりました。その気持ちを知った父は「よし、任せとけ!」と胸を叩き、2年生の終り頃のある日、安佐南区の会社の上司の方の自宅にわたしを連れて行くと言い出したんです。言われるまま、同行すると…。

父の上司の方から「料理人の世界は厳しいよ。大丈夫?やっていける?」とたずねられ、事情がわからないまま「頑張ってみます」と答えたところ、「それならば、息子に預けよう」と伝えられました。上司の方の息子さんは、なんと東京の「吉兆」の料理長だったんです。なぜ、父が中学生の頃から“料理人”や“吉兆”をしきりに勧めていたのかが、ようやく腑に落ちました。というわけで、進学する人が大半の普通科高校に通い、周りと同じように大学受験する流れを思い描いていた自分の進路は急きょ就職に決定。しかも、その就職先は、広島から遠く離れた東京の日本料理の有名料亭「吉兆」です。本人よりも親の勧めで決まった話なので、高校を卒業して飛行機で広島を離れる時は不安でいっぱいでした。

インタビューに答えてくださる越智さん…板場ではネクタイに割烹着!凜として素敵です

料理の基礎も学ばずに、いきなり全国に名だたる一流料亭に就職されるとは…幸か不幸かわかりませんね。さて、修業のスタートはいかがでしたか?

越智さん

配属先は、父の上司の息子さんが料理長を務める「吉兆新宿店」。同期入社は4人で、1年目は朝6時から7時に店に出勤し、まず1人は米を研ぎ、1人は鰹節を削り、1人はまな板を洗い、1人は築地へ買い出しを担当するローテーションが日課です。その後は、鍋を磨いたり、料理に使う桜の花びらをむしって乾燥させたり、といった雑用を命じられます。見習いの間は調理を学ぶ、なんてとんでもない。時々、魚の水洗いやウロコや内臓を取る作業をさせてもらえるのが関の山です。パワハラがすぐに問題にされる今と違って、当時は怒鳴られるのは日常茶飯事、体罰も当たり前という軍隊並みの厳しさでした。

一方、1年目は銀座の寮に入居するのが決まりです。2段ベッドが並ぶ、まさにタコ部屋のような場所での共同生活でプライベートは全くなし!毎日の修業の厳しさと相まって入って3日目で逃走した人もいましたよ。東京に出てくる1カ月前、初めて親元を離れて生活する準備をしていた頃に、店の人から「あんまり沢山、モノを持って来ない方がいいよ」と伝えられたのは、「荷物が沢山あると逃げる時に大変だよ」というアドバイスだったことにやっと気が付きました。実際、わたしも何回も逃げようと思いましたが、2年目から赤羽の寮に移って、少し環境が良くなったのでなんとか踏みとどまりました(笑)。

細かな力加減の包丁さばき…目を見張るものがあります

歴史のある料亭だけに厳しさも格別ですね。ほかに何かエピソードあれば。

越智さん

同期は、みんな調理専門学校で基礎を学んできていましたが、わたしはアルバイト経験があるくらいでほとんどイチからのスタートです。さらに困ったことがひとつ。もともと左利きなんですよ。片刃の包丁はじめ、調理用具は右利き用なので、料理を学ぶ以前に利き手を矯正しなければなりません。最初は箸を使うことから慣れようと、豆を一粒ずつ掴む特訓をしたり、うまく右手が使えるようになるまで、ずいぶん苦労したものです。訓練に励んだおかげで、今は字を書く以外は、全て右利きでこなせるようになりました。

厳しい修行で培った調理技術、繊細で華麗なお料理が並ぶ

吉兆で経験を積まれた後の足跡をお聞かせください。

越智さん

調理場にいる時は厳しいけれど、普段はよく面倒を見てくれる料理長の指導の下、仕事にも慣れ、吉兆で働き始めて3年目過ぎた頃、仲の良かった先輩が独立することになりました。「一緒にやらないか」と声をかけてもらったのですが、その頃は料理の仕事に少し疲れて、何かほかの経験がしたくなっていたんですよ。ひとまず、吉兆を退職し、広島に帰って違う畑の仕事に就きました。3年ほど、あれこれやってみましたが、結局、吉兆で培った経験が生かせる料理の世界へ戻ることに。

24歳からはミシュランガイド広島1つ星の店としても知られる割烹料理店「料理や玉の」でお世話になりました。翌年からは京都に勉強に行かせていただき、以前、勤めた東京の吉兆の女将さんのご厚意から「京都吉兆」で2年間修業させてもらいました。28歳になり、広島に戻ったのち、36歳までの8年間在籍した「玉の」では、食材を見極める目を養うなど、料理人として備えておくべきことを沢山教わりましたね。その後、さらに勉強しておこうと、足を運んだ先が自分の料理修業の出発地点であり、オリンピック景気に沸く東京です。東京では和食料理店の店長兼料理長の仕事に就いて経営ノウハウを学び、39歳で広島にUターン。いつしか頭の中に“独立” という言葉がちらつくようになりました。

昼餐の籠御膳「ちょっと贅沢」というところがコンセプト

広島に帰ってこられて、開業するまでは順調でしたか?

越智さん

すぐに独立というわけにもいかず、老舗料亭「三瀧荘」で働き始めたのですが、入店して数か月後にぶつかったのが、“コロナ”による休業です。自粛ムードに伴う不規則な営業を強いられていたこともあり、いよいよ自分の店の開業に踏み切りました。まずは物件探しから。コロナの余波もあって適当な物件が見つからず、走りまわっているうち、昨年(2021年)6月に以前は寿司屋さんが営業されていた、カウンターと個室合わせて22席ある現在の店舗をみつけることができました。早速、開業に向けて融資の申し込みや内装工事に取りかかったところ、非常に困った問題が発生!?。金融機関の条件となる信用保証協会の審査が難航し融資がおりないんですよ。調べてみると、関係者に紹介されて内装工事をお願いした業者さんの業容がネックになっているとのこと。八方手を尽くして、なんとか融資実行にこぎつけたものの、当初の予定よりオープンが2~3か月遅れる羽目になり、その間の空家賃は発生するし、実は波乱含みのスタートでした。

瀬戸内の鮮魚を中心にマグロなどは築地のものを使う

それは大変でしたね。開店から半年過ぎましたが、お店の特長や手ごたえは?

越智さん

店名は、禅の言葉「三心」のひとつで、“人の喜びを自分の喜びとして人の為になる行いを喜んでする心。奉仕の心”を表す「喜心」と命名しました。料理の特長としては、出汁にこだわり、天然物の魚介類を使うことを基本に、昼・夜のコースのほか、コースは量が多くて食べきれないという方のために一品メニューも提供しています。わたしのおススメは、自分の原点である吉兆で学んだ鯛の刺身にごまだれをかける「鯛茶漬け」。吉兆が創業当時から看板の一品に掲げてきた名物料理なんですよ。是非ご賞味ください!

開業後、7~8月はコロナの関係でしんどい時期もありましたが、中高年のご夫婦などを中心にお客様が戻ってきたので、冬に向けてこれからが頑張りどころです。

お昼のランチでもいただける名物「鯛茶漬け」濃厚なごまだれが絶品!

これから飲食店を開業される方に先輩としてアドバイスがあれば。

越智さん

ひとつは、想定外の出費に注意すること。例えば内装工事など、当初の計画では予定していなかった箇所も周りをキレイに改装すると、「バランスを取った方が良い」との考えが働いて追加工事したくなりますが、それはやめた方が得策です。どうしてもゆずれない点以外は妥協することも忘れずに!コロナや自然災害の影響然り、オープンして何が起こるかわからないので、少しでも出費を抑え、運転資金を確保しておくべきです。わたしも融資が遅れて困ったように、とにかくお金にまつわることには気をつけてください。

毎日仕込みに時間をかけ、丁寧な仕事を心がけていらっしゃいます

ジャックのひとこと!

ジャック

料理人としての素晴らしい経歴をお持ちで、日本料理に対するほとばしる情熱、上質な食材にさらに手を加え、より良いものに仕上げていく卓越した調理技術に圧倒されます。
昔ながらの気難しい頑固な料理人なのかと思いきや…いやいや!明るく穏やかで人柄の良さが料理にも表れています!
コロナ禍の時代、飲食店は二極化傾向にあり、高単価路線と低価格路線に分かれつつありますが、ホスピタリティ精神はどちらにしても必要な要素です。
また、飲食店を経営していくことは、料理を作ることだけではないので、社会人としての一般的な常識や感覚も非常に大切になります。さらにお客さまへの接客が優れていることは当然ですが、取引先や業者さんとの関係を常に良好に保つ上で、お客さんと分け隔たりなく接することも重要です。彼らも仕事を離れれば、お客さまでありスピーカーになり得るからです。
私も喜心さんの謙虚でひたむきな姿勢を見習います!

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